親孝行の旅2022


221016 9年越しの夢実現
221106 教養なくして感動なし


 

221016 9年越しの夢実現

 2013年には静岡県袋井市のふくろい遠州の花火および長野県諏訪市の全国新作花火競技大会に母を連れていった
 その後母は杖が必要な身となったが、花火大会への憧憬は失われていなかった。そもそもその思いがいつからあったものなのか息子である私にはわからないが。
 そしてコロナ禍が一段落した(ように思われた)今年、日本三大花火大会の一つ・大曲の花火を見にいきたいと言い出した。来年になったら海外からの客が増えるだろうから今年が狙い目だという考えがあったようだ。
 東京や名古屋ならともかく浜松からのツアーはなかなか見つけられなかったが、なんとか希望通りの商品を見つけた。お値段は一人あたり9万円。なかなかいい値段だ、今年はボーナス期に渡す小遣いは減らさせてもらおう。


8月27日(土)

 ツアーは、事前に指定席券が送られるので各自で新幹線に乗り添乗員さんも途中から合流するというシステム。駅に集合して添乗員さんに引率されていくという方法しか知らなかったものだからこれには感心した。
 参加にはワクチン接種もしくはPCR検査陰性の証明が必要。これを忘れた乗客は東京駅で強制送還されることになるのだろうか。アメリカ横断ウルトラクイズの飛行機内ペーパークイズのように。

 東北新幹線で盛岡まで行って秋田新幹線に乗り換えれば大曲(平成の大合併で大仙市になった)まですぐだが、今回のツアーでは仙台からはバスの旅だ。バスガイドさんの解説もあるし。
 まずは青葉城こと仙台城でトイレ休憩。滞在時間約20分。一応、バス駐車場とトイレを往復するだけでなく伊達政宗公騎馬像のところまで連れていってくれた。もっとも肝心の騎馬像は今年3月の地震で被害が発生したため改修中だったが。


顔出しパネル。

現物はそんなに大きいのか。

 あとは何度かPAでトイレ休憩を挟みながら高速道路を走るのみ。
 大曲ではショッピングセンターの駐車場にバスを止め、そこから約1kmを歩く。天候によっては夕食はバスの中ということもありえたが、幸いにもその事態は避けられた。
 とはいえ雨が振らなかったのは会場に着いて弁当を食べるまでくらいで、暗くなって大会が始まるとずっと雨だった。

 大曲の花火は正式名称を「全国花火競技大会」という。伊勢神宮の正式名称が「神宮」であるように、サッカーの母国イングランドのサッカー協会が「ザ・フットボール・アソシエーション」であるように、日本でもっとも歴史と権威のあるこの花火競技大会は地名を冠していないのだ。
 競技花火大会なので花火師たちが順々に数発ずつ花火を打ち上げて審査していくというのがメインの流れ。雲に隠れてしまってまったく見えないかわいそうな花火もあった。
 ただ、粛々と打ち上げられる競技花火だけでは寂しいというのも正直なところ。合間合間にスポンサー提供によるスターマインが打ち上げられ、実際に盛り上がるのはこっち。

 21時に大会が終わりツアー客皆でバス駐車場に向かったが、仲間とはぐれてしまった。9年前とは違い紙の地図を受け取っていたしスマホも持っていたのだが確認を怠ったのだ。
 これまで何度か旅行記事で自分には迷子を楽しむ性向があると書いていたが、夜の雨の中、足弱の老人を連れて、他の人を待たせている状態でのこれは言い訳できない。
 添乗員さんに電話をかけるもなかなかつながらず、つながっても途中で切れてしまう有様。結局バス駐車場に戻れたのは23時で、他のお客さんを1時間も待たせてしまった。


もう少しローカルなお店が見たかった。

全部を全部撮影してスマホとにらめっこしていたわけではないよ。

新時代だ。

駅に向かう人混みに流されてしまったのだな。


 人口8万の地方都市にその10倍の観光客を収容できる宿泊施設などあるはずがない。諏訪の花火では100km離れた長野に移動した、今回も100km離れた男鹿半島の先っちょまで2時間かけて移動した。
 25時過ぎにホテルに到着し、温泉に浸かって、翌日の支度をして寝た。


大都市・秋田(人口32万だから愛知でいえば岡崎より下)を避け、男鹿半島まで一直線。


 

221106 教養なくして感動なし

8月28日(日)

 このツアーで泊まったのは男鹿温泉 結いの宿 別邸つばき。一人旅では決して利用しないであろう十二分に立派なお宿だ。
 ちょうどこの頃男鹿に宿泊した利用者には2000円分のクーポンがプレゼントされるキャンペーンがおこなわれており、昨晩ホテルに着いたとき我ら親子には4000円分のクーポンが渡された。
 ホテルを出ると次は男鹿市外なので買物はホテルでするしかない。4000円もお土産を買うなんて滅多にないことなので選ぶのに悩んだ。

 9時過ぎにホテルを出発。次の目的地は中尊寺。東北の黄金郷平泉は源義経最期の地としても有名。
 前日はバスガイドさんは大曲の花火の歴史などを説明してくれたが、今日は義経の生涯を勧進帳などのフィクション込みで熱演してくれた。

 まずは平泉ホテル武蔵坊で早めの昼食。この近くには中尊寺と並んで世界遺産にも登録された「もうつうじ」なる寺があるらしいが私には初耳だった。あらためて調べると「もうつうじ」は毛越寺という寺だった。なんでそれで「もうつうじ」って読むんだよ!
 あらためて中尊寺近くのレストハウスにバスを止め、そこから中尊寺を歩く。ツアー客の中には素敵な和服に着替えた老婦人もいたが、花火がメインの母はこちらには興味がなく目玉の金色堂(有料)すら見ることがなかった。こういうのを楽しむには教養が必要なのだ。
 昨日の反省もあってか集合時刻よりかなり早くバスに戻り、売店でずんだ餅を買ったあとはバス運転手もおらず冷房も入っていないバスの中で皆の帰りを待ち続けた。


金色堂(の外観)。私も中には入らなかった。

どんどんスルーしていく中、「ここだけでも見ていこう」と母を誘って立ち寄った中尊寺の本堂。

県道沿いにある武蔵坊弁慶大墓碑。実際の弁慶・義経最期の地は近くだが山の上にあるので行けなかった。

レストハウスの近くにある岩手四大戦役記念碑。阿弖流爲の役、前九年の役、後三年の役、奥州平泉の役。

ホテルで入手した「義経北行伝説ドライブガイド・義経は北へ」。
出雲にもあったが、イマドキのガイドは紙だけでなく電子化もされているのだな。

2日目の旅程。一ノ関駅から新幹線。あらためて見ると高速道路は1日目とほとんど同じだったんだな。
水沢(現奥州市)を通過したならガイドさんには高野長英についても触れてほしかったところ。


 こうして久しぶりの旅行は終わった。母に満足して死なれても寂しいので次に目前にぶら下げるニンジンを考えなくては。


inserted by FC2 system